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下町で診る
第7回 KWAIDAN(怪談)



「先生。例のおばあちゃん、幻覚が出たみたいなんですけど」

看護師が報告に来た。1人の巨人と5人の小人がやってきたという。認知症が進んだかな?とりあえず向精神病薬を出そう。

「○○を出しておいて」
「ええ、でも…」
「でも、どうしたの?」
「だいぶ前のおばあちゃんも、全く同じ巨人と小人を見たと言ってたんですけど」
「……」
「やはり、夏の今頃で、本当なんです」
「……」

看護師の思いつめたような表情に引き込まれるうち、ふと、先輩医師の話を思い出した。

とある市民病院の外科に配属されて間もない先輩。その日は、朝から晩まで働きづめで、やっと外来のベッドで横になった。ぐっすりと寝入ってしまったという。

どれくらいの時間がたったろうドタドタっという足音が聞こえてきた。足音は先輩の寝ているベッドのほうに近づいてくる。驚き、起き上がろうとしたが、体が全く動かない。
金縛りだ。

恐る恐る、目を足音のほうにむけてみたが、ぼんやりとした黒い影がかすかに感じられるだけ。しかし、確かに人の気配がする。やがて、その黒い影は話しかけてきた。

「おいっ!みんなどこに行った!」

答えようとしたが、声が出ない。出しているつもりなのに声にならない。仕方がないので唯一動く眼で、奥の小部屋を指し示した。

「ふんっ!」
影はそうはき捨てるとドタドタと奥の部屋へ入って行った。

ドアの向こうに足音が消えるのと同時に、先輩の体に自由が戻る。あわてて起き上がると、奥の部屋へと駆け込んだ。そこには外科部長が1人タバコをくゆらせていた。

「先生、誰か来ませんでした?」
「ああ、大野さん(仮名)だろう」
「良かった。僕はまた、幽霊かなんかかと思いましたよ。だって、金縛りにあったみたいに体が動かなかったんですから。で、大野さんはどこへ?」
「さあてね、わからんよ。大野さんがどこに行ったかはなんて」
「えっ?!だって、今入ってきたんじゃあ?」
「あのなぁ、大野さんてのは、5年前に胃がんで亡くなった患者さんだ。君のような新人が来るといつも挨拶に来るんだ。律儀といやあ律儀だね」
「……」

以来、先輩はご臨終を告げると、必ず部屋の天井の4隅に挨拶をするらしい。

どちらも、暑い夏の日、実際にあったお話。世の中には不思議なことがある…。

※引用 アイユ7月号 2009年(平成21年)7月15日発行 (C) 財団法人 人権教育啓発推進センター